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Jazz and Far Beyond

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CD/DVD DisksNo. 286

#2154 『ブライアン・アレン/Almanac』

Text and photos by Akira Saito 齊藤聡

Brian Allen (trombone, voice, synth, keyboard, melodica, drums, percussion, art, edit and everything)
with Mark Aanderud, Eduardo Alcayaga, Simon Allen, Dave Ballou, Melissa Biggs, Brainkiller, Brian Casey, Royce Chambers, Brad Clymer, Corey Fogel, Michael Formanek, Guadalupe Galván, Tom Kessler, Gen & Rika, Jacob Koller, Miriam Leo, Dominique Leone, Natalia Pérez, Gabriel Puentes, Roswell Rudd, Akira Saito, Jorge Servín, Sumudi Suraweera, Carolyn Swan, Agnes Tandler, Dave Treut, Dave Wayne, Mark Weaver, Hearty White & more

i. Luego Luego – Interviews, essays and more with 18 artists and cultural practitioners.
ii. Fiends – New album (cd) with a spectacular group of musicians.
iii. The Epostrophy of Aphoristacles – Book of 88 phrases and drawings and 4 compositions (on cd) by the fictitious (?) philosopher.
iv. Songbook – 8 simple piano pieces in 3/4 time, with lyrics and architectural/landscape illustrations.
v. October – Calendar for the month in English/Español, based on the 2012 Calendar by Guadalupe Galván y yo.
vi. Música Hallada – Misc. parapegma in collage.
vii. LYRA I – “Sounds of” cd. Field recordings from the island. / “the Movie” dvd. 45 minute film with music.

Circles – something to do with your hands. / Instrument – a mariner’s device, though it can be used to count or accompany clouds, syllables and birds. Book of Drawings – sketches of the island.
Made by hand.

アメリカ生まれのトロンボーン奏者ブライアン・アレンは不思議な人だ。たとえば、トニー・マラビー(サックス)、トム・レイニー(ドラムス)というニューヨークの一流ミュージシャンと吹き込んだ『Synapse』(Braintone Records、2005年)はジャズ的な自由即興であり、その文脈で聴きごたえがある。

だが不思議さはミュージシャンとしてのものだけではない。そのことに気づかされたのは2018年の来日時だった。水道橋のFtarriにおける広瀬淳二(サックス)、ダレン・ムーア(ドラムス)とのトリオ演奏では、ふたりの音にトロンボーンならではの振動で共鳴し、ソロでは床に並べた玩具とトロンボーンで飄々と愉しい音空間を創出した。むかしピアノを教えたという小さい女の子ふたりがまじまじと観ていたことが印象的だった。かれの音は外部に向けて開かれている。

その際にブライアンが持ってきた『perisphorus』(2017年)は驚くべき作品だった。「私たちは先日ナダをドライヴした。テキサス州のナダ。日本のナダでもナラでもない」から始まる呟きのようなブックレット、生活音やさまざまな演奏の響きが入ったCD、1時間弱の映像を収めたDVDが細長い封筒に入っており、時間を忘れさせてくれるものであった。映像には、日本やメキシコやアメリカの雑踏や、雨に濡れた車窓や、野山や、水面に浮かぶ植物を這う虫が散りばめられ、そこで捉えた自然の音に、かれのトロンボーンや打楽器や電子楽器などの音が重ねられていた。

今回、ブライアンはふたたび手作りのセット『Almanac』(2022年)をリリースした。正方形の本の中に、インタビュー雑誌『Luego Luego Magazine』(筆者もライターとしてインタビューされている)、『Fiends』(悪魔)と題された音源集、冊子『The Epistrophy』と付属のCD、楽譜『Songbook』、2022年10月のカレンダーを使ったタイポグラフィーのような絵本『October』、折り紙や枝や紙の切れ端を使ったコラージュアート『Musica Hallada』、そして映像DVDとCDのセット『Lyra I』と、笑ってしまうほどたくさんのものが詰め込まれている。

『Fiends』は、1990年代以降の26曲もの演奏拾遺。これだけ多いとサウンドコラージュのようでもあり聴き飽きることがない。共演者を変え、ブライアンはトロンボーン、キーボード、ドラムスでずっと参加しており、それゆえサウンドに一本筋が通っている。多彩なことが、トロンボーンのもつ雲のような音の魅力を感じさせるものになっているようだ。トム・ケスラーの屈折しながら暴れるギター、巨匠ラズウェル・ラッドのヴォイス、ナタリア・ペレスのチェロとトロンボーンとの特定の周波数が浮かび上がってくるアンサンブル、フェルナンド・アルカヤガのたゆたい音要素を出し入れするオルガンなど聴きどころが多い。トム・ケスラーも『Luego Luego Magazine』において地元のメキシコと比較してベルリンの騒々しさの違いを愉しそうに話しており、移動する者どうしの対話がこのような作品内で実現するとはおもしろいことだ。ナタリア・ペレスは同誌で黒澤や小津を含め愛する映画のことを語っており、即興と映画という視点についても気づきを与えてくれる。なお、冊子内スリーブの裏面はかつてのブルーノート・レコードのデザインに似せてあるようで愉快だ。

『The Epistrophy』においてはブライアンとオシリスなる人物との奇妙な電話のテキストに幻惑されつつ、「Your voice is a cake」と「Your voice is a sake」(cがsにペンで書き換えられている)の言葉に嬉しくなる。CDに収録されたデイヴィッド・バロウ(トランペット)とマイケル・フォルマネク(ベース)との共演は宇宙空間での遊戯とアコースティックな音の重ね合わせを往還しておりみごとだ。最後を締めくくるアンサンブルの流麗さに身をゆだねていると、突然日本の駅のアナウンスが挿入され驚かされる。やはり一筋縄ではいかない。

『Lyra I』の45分間の映像は、『perisphorus』よりも多くの場所を瞬間移動し続け、その分、思索から移動の愉しさに焦点が当てられているように思える。2016年から20年までの間にブライアンが足を運んだ場所のようであり(わずか5年間でコスタリカ、日本、クアラルンプール、メキシコ、モロッコ、スペイン、スリランカ、スイス、トルコ、アメリカに!)、コロナ禍のいま、なおさら旅心をくすぐられてしまう。冒頭に森の中から電車を見下ろす場面があり、風景に既視感があったのでスリランカかなとブライアンに訊いてみたところその通りだった(デモデラという山中の駅であり、筆者もごく近くの山村に泊まったことがある)。サウンドはやはりブライアンがさまざまな楽器を演奏したものだ。上述の『synapse』のCD未収録音源も使われており、トニー・マラビーのテナー、トム・レイニーのドラムスそしてブライアンのトロンボーンとの合奏が、日本の街角や旅の光景とともにあらわれるのは奇妙でもある。ブライアンのバルブ・トロンボーンとロイス・チェンバースのテナーとのデュオでは音が太くなり、映像のありようにも影響を与えている。

改めて実感した。ブライアン・アレンのことを旅する音楽家と呼ぶだけでは不十分だ。かれの視線や表現が旅そのものなのだ。

(文中敬称略)

齊藤聡

齊藤 聡(さいとうあきら) 著書に『新しい排出権』、『齋藤徹の芸術 コントラバスが描く運動体』、共著に『温室効果ガス削減と排出量取引』、『これでいいのか福島原発事故報道』、『阿部薫2020 僕の前に誰もいなかった』、『AA 五十年後のアルバート・アイラー』(細田成嗣編著)、『開かれた音楽のアンソロジー〜フリージャズ&フリーミュージック 1981~2000』、『高木元輝~フリージャズサックスのパイオニア』など。『JazzTokyo』、『ele-king』、『Voyage』、『New York City Jazz Records』、『Jazz Right Now』、『Taiwan Beats』などに寄稿。ブログ http://blog.goo.ne.jp/sightsong

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